2023.3.24
2023.3.24
Kengo Kajita
前回のエピソードで船上パーティのことに少し触れました。その時に感じたことから続きを書きます。
街を分つ運河から、岸辺を流れる超高層ビル群を見ていて、そういえば東京にも浅草、竹芝、お台場をつなぐ、シティクルージングがあるなと、ふと思いました。隅田川の滔々とした水面に線を描くように進む水上バスはなかなかに快適で、東京のおすすめ移動手段の一つです。
さて、東京のクルージングで眺める街の印象に比べ、ドバイの街並みはその豪華なスケール感も相まって、人口的で異形、映画的でクールなものに感じました。一方で東京の街並みというのは。
「営みの」から始まるこのポップソングの歌い出しに、僕は東京の風景を感じます。そこにはその街で生活を営んでいる確かな気配が綴られています。東京の街並みには、あるいは高層ビル群には、たとえそれが最新のものであっても、そこはかとなく漂う暮らしの体温があります。香港やシンガポール、ロサンゼルスでもそれを感じることができます。
一方でドバイでは、今ひとつその街の生活者の息づかいが、立ち上がってこなかったのです。
そのことは、急激に発展した砂上の楼閣であるこの都市の成り立ちと無関係ではなさそうで、どこか居心地の悪さを覚えました。
出張中、連日のセミナー&パーティを浴びるように過ごし、沢山の海外の業者と話をしました。
実は今回のICAコングレスに日本から出席した日本人は、僕一人だけ。
数百人の参加者が集まる中、自分自身や自分の事業の紹介をしつつも、「今の日本のジュエリー業界はどうなんだい?」という問いに答えていく機会に恵まれました。
いや、もう少し正確に表現するなら、そこには「最近の日本はどうしちゃったんだい?」というニュアンスが含まれているように感じました。ひとり、その問いに向き合って、考える時間が続きました。
高度経済成長期から80~90年代のバブル期、日本は疑いなく世界中で最も魅力的な市場のひとつでした。年を追うごとに凄まじい勢いでジュエリーの市場は伸長し、全国各地の百貨店や地域の有力小売店を通じて、新しいジュエリーが次々に販売されました。
その後も00年代には、ヨーロッパやアメリカのハイジュエリーブランドの台頭が進みました。バブルが弾けた後も、引き続き日本には旺盛な消費意欲とパワーがありました。
しかしながら、近年、日本の状況は、海外の業者からするとあまり活発には見えないようです。
たとえ高額であっても、輸送が容易な(つまり軽くて小さい)「宝石」という物品には、とにかく景気の良い国や地域に集まりやすいという特性があります。
その視点で言えば、世界基準で品質の高い宝石は、ここドバイやシンガポール、アメリカ、それに中華圏に、その市場の重心を移しつつあります。
日本は残念ながら、主に宝石の供給サイドからは、やや停滞した市場と見られているのです。
そんな現状に対して、日本のジュエリーメーカーは、自らが外に出てイニシアティブを取ることを放棄してしまっているような印象を持っています。
つまり海外は海外、日本は日本。日本文化の様式美は日本人が一番よく分かっているし、それを分かってくれる外国人は自ずから訪れてくれるだろうという意識。
僕自身も少なからずそんな実感を持っていたことを否定しません。身近な外国人は「パンデミックが落ち着いたら、まず行きたいのは日本」と口を揃えて言いました。
これは、本当にありがたい話です。
ただ、一方で、数年間の巣ごもりを経て、日本人が海外に出ていくことの心理的・環境的なバリアが厚くなったのでは、と感じます。
そうこうしているうちに、コロナ禍のほんの数年で、2019年とはかなり景色が変わった2023年の世界基準が出来上がっているのです。少しずつ感覚をアップデートしないと、このギャップは徐々に広がるのではないかという危機感を抱きました。
でも、これは決して悲観からくる嘆きではなく、きっと目を凝らすべきチャンスだと思いました。
僕は日本の内向きなクリエイティビティ、例えば漫画も、宅録のテクノミュージックも、批評的なお笑いも、地下から輝き出すアイドルグループも、私小説も、細分化した偏愛的なファッションも、そういう文化全般が大好きで、それこそ世界を(特にアジアを)横串に貫くパワーがあると信じています。特に昨今、NETFLIXやSpotifyやTikTokなどのグローバルプラットフォームを通じて、日本のポップカルチャーが急速に世界規模で受容されていることが、その証左とも言えます。
ただし、どんなに優れたコンテンツでも、日本でのあり様のそのままで世界市場を制覇する可能性は、かなり低いようです。世界を取ったコンテンツには、必ず世界を見据えている(グローバルの視座を持っている)という共通点があります。
そして、だからこそ僕たちのジュエリーは、きっとそのひとかどを担えるのではないかと考えます。
今回のコングレスで、宝石の世界基準をアップデートしたことは大きな糧になりました。これを持ち帰って、ジュエリーのクリエイションに反映することになるでしょう。
残念ながら、ドバイでは、あまり人々の日々の生活を目にする機会もなく、華やかな都市の、その深層に触れることは叶いませんでした。けれど、一つの決意として、東京のジュエラーである僕たちが、普段暮らしている空気感、例えばポップソングに歌われているような街の心象風景を、ジュエリーを通じて世界に持ち出すことができたら。もしかしたらこの街にいるかもしれない、本人自身も気づいてなかった「それ」を欲している誰かに、僕たちが海を越えて届けることができたなら。それこそが役割なのではないか、と思うのです。そしてジュエリーを通じて、はじめて出会った人との距離が縮んだり、「日本いいよね」と言ってくれる外国人が増えたり、孤独を感じる人が減ったり、あるいは戦争がなくなったりするのではないかと、結構本気で信じたいのです。
沢山の人に囲まれながらも一人でいる時間が長く、入国時からヘトヘトな始まりだったドバイ出張は、沢山のインプットと内省の時間を経て、少しセンチメンタルでかなり熱い感情をお土産に持ち帰ることになりました。
そんなドバイ出張から帰国して、2週間後には、4年ぶりの香港ジュエリーショーへの出展が控えているのでした。
-KK